ITC中部 参与 広報委員長 吉田信人
我が国の国土面積約3,780万haのうち、およそ66%の2,300万haは森林に覆われている。まさに森林国である。そしてその森林には約34,200種もの野生植物が植生している。温帯地域にあってこれだけ多くの種類の野生植物が存在している国は他にはほとんどないそうである。ヒマラヤ山脈により、南方向に蛇行させられた偏西風によるモンスーンを源とする湿った暖かい風の恩恵である。現在温帯に属する他地域では、約1万年前に終わった氷河期に、ツンドラ化や乾燥化により森林が消滅してしまった。しかし、日本列島のあたりはその湿った暖かい風のおかげで、例外的に氷河期以前の植物が生き残ったとのことである。そして、現在も乾燥化することもなくこの豊かな森林を育んでくれている。世界地図をみると日本と同緯度の他地域はほとんど乾燥地帯であることがわかる。比較的低緯度で温暖にもかかわらず、豊富な雨のおかげで、日本列島はこれほど多くの種類の植物が生存できているとのことである。この日本の森の植生の多様さは紅葉の美しさをみても納得できる。他国の紅葉も美しいが、色の多様さは世界一ではないだろかと思う。まさに天の恵みとしかいいようがない。
この天の恵みは森の植生だけでなく日本人の特殊性を育むのに大いに影響しているように思っている。よく、「日本の常識、世界の非常識」とか昨今では「ガラパゴス化」などと揶揄されることの多い日本(日本人)だが、良い面、悪い面もあろうが、特殊な民族、文化の国であることに間違いないと思う。歴史的に見ても先の敗戦後の短期間を除いて他国の支配を受けたことがない事実は、地理的に偏狭な極東にあったという理由だけでなく、日本の国土と日本人による国力が水準以上であった証拠だと思う。私は、日本という国、その自然も民族も含めてその国力を維持できた源泉は、その多様性にあると思っている。環境変化への適応力はその構成単位の多様性が大きく影響しているということは、広く知られてきている。単一民族の日本人に多様性があるというと奇異に思われるかもしれない。近年の研究では、日本人のDNAは数種類の人種の混血だということがわかってきたそうである。氷河期以前から弥生時代ごろにかけ、日本という国家が形成される以前は、豊かな土地を求めて北方、南方から様々な人たちが移ってきたようである。日本全国が政治的に統治されるまではこれらの民族的な区別はかなりはっきりしていたようである。大和朝廷からそれに続く幕府政治によりそれらの混成が進んだようだが、明治以前までは結構その違いは残っていたようである。また、政治的にみても有史以来、日本では絶対君主のもとの統一国家的なものは、奈良時代の律令制以来、明治憲法下の軍国体制まで存在していないとのこと。律令制も実質機能していなかったとのことなので、日本は有史以来ほとんどの期間は地方自治、自律分散の社会体制であったといえると思う。また、宗教的にみても、その優しい自然環境により、八百万の神々への信仰が発生し、他国発祥の諸宗教もある意味柔軟に共存させてきた。そのように、なんでもありの寛容な宗教観が、多様性を育む要素にもなっていると思う。そして、地勢的には南北に長い国土で、日本海側と太平洋側を分ける分水嶺となる山脈により亜熱帯から亜寒帯までの多様な気候風土を形成し、先に述べた多様な植物がもたらす多様な原材料や食糧が多様な技術と文化を育んできたわけである。そして、数千年以上もの間、他国に征服されることなくそれを継承してきたわけで、ある意味、非常に持続可能性の高い文化、社会を実現してきたのが日本ではないかと思っている。
ところが、その多様性に富み、持続可能性の高い文化、社会の源泉となった我が国の森林が存亡の危機を迎えている。話を最初に戻そう。我が国の森林2,300万haのうち、約57%の1,300万haは天然林であり、残りの43%の1,000万haは人工林である。つまり、人が植林をした森である。この森はそのほとんどが杉や桧の針葉樹林である。植林は江戸時代から行われていたが、戦時の燃料供給と終戦後の復興のため、1940~50年ごろにかけて大量の材木が使用され、日本じゅうが禿山になってしまった。1950~60年ごろ、農林省の指導の下、植林政策が進められたが、樹木の育成にかかる30~40年の間の収入確保のため、間伐を前提として適正な密度より高密度な植林がなされた。杉、桧などは材木として利用できる幹の直径が40~50cm以上になるのに30~40年以上かかる。その間、林業家の収入がないのは困るので、20年ほど経過後、幹が20cm程度に成長した時点で伐採したものを間伐材として林業家の収入確保をしようとしたのが当時のもくろみであった。ところが、その間伐時期がきた1980年代、安価な輸入材のため、間伐材の価格が下落し、間伐されないまま、高密度の人工林が放置されて現在に至っている。既に、植林後50年以上となっており、高密度のため、育成不良となった森の木々には商品価値は無く、樹齢70~80年もすれば枯れてしまうとも言われている。そうなれば、あと20~30年後には1,000万haの人工林の多くが再び禿山と化してしまう。禿山は景観上の弊害もあるが、山の保水機能を低下させ、鉄砲水、土砂崩れなど水害の原因になることが大きな問題である。最近では、流域河川や注ぐ海洋の生態系にも影響があるということも言われてきている。さすがに政府も無視はできないので、間伐補助金などを設置して間伐を推進し、森林の保全に努め始めてはいるが、この広大な間伐手遅れ林を再生するには焼け石に水という感を持っている。
現実としては、間伐問題などよりも、もっと喫緊で重要な政策課題が山積みであることは十分理解できる。かといって市民レベル、個人レベルでなんとかなるような規模の話ではないのだが、少しでもこのような課題に興味を持ってくれる人が増えて、なにか良いアイデアが出ないかと、休日を利用して森林に親しむ活動を行っている。私の造語だが、「日曜林業」とか「森の4S活動」というようなことを余暇として行っている。もし、興味を持たれた方はWebを参照いただければ幸いである。
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